じっとり


フラット化する世界についてのお話をやった。

のだけれど、フラット化はまぁさておき、思考停止で正義を振りかざすことの怖さと愚かさについて、たくさん考えてほしいと思うわけです。

どんなことにも一面の正しさはあるし、百パーセントの正しさなんか存在しない。
善悪の彼岸へ。

ともかくも保証しうるものは自分の覚悟しかなく、その覚悟の強度こそが、より深く。

その正しさは本当に自分の覚悟を伴ったものなのか。
無批判的に何かを受け入れていないか。
自分の責任で自分の人生を動かしているか。

迎合することは簡単で、付和雷同も簡単で、
自分を生きることは困難だ。

自分が無批判に受け入れていたものが、音をたてて割れる瞬間こそが、学ぶことの始まりで、
違和感を感じることこそが、自分を生きさせる。


人生はナイーヴでいるためにはあまりにも長く、
思考を練るためにはあまりにも短い。

世の中の正しさに、立ち向かえばいい。
自分の旗を掲げればいい。

屈しちゃあ、だめだよ。
自分の人生を大切に生きよう。