わかりやすさとわかりにくさ


わかりやすさを求めるのは、もうこれは職業病的なものだと思うのだけれど、わかりにくいものを避けて賢げなものを避けて暮らしているとやっぱりそれはそれで、なんだかほんとうにばかになってしまったような気がして不安になるものである。わかりにくいものに踏みとどまる力とか、理解できなくてもゆっくりと思考し続ける集中力とかいったそういうものが、なくなってきているのではないかな、と思う。わかりやすいこととわかりにくいことは両輪バランスよく保っていかないといけないし、結果そうゆう中庸こそが大事なものであることだし、かっこうがいいと思う。他者に向けて、というよりは自分に向けてかっこうよくありたい。