いつまで君は、こんな所で死んでいるのだい?

9月9日。救急の日。

何をしたか覚えていない。
半分死んでいたのだろう。半分は生きていたのだろう。
生きていた半分で、夜歩いたり、走ったりした。のだと思う。
あたらしくジョギングシューズを買ったので、るんたかしている。
難しいもので、意図的に早く歩こうと思ってる間は早く歩くんだけれども、ふと気づくと普通のペースで歩いている。
これではダメだと思って、いっそ走ってしまえばいい、と考えて走ってみるのだけれども、晩ご飯に食べたご飯がおなかにたくさん残っているので、だいぶおなか痛いなぁ、という感じになる。ので歩く。せめて早く歩こうと思う。普通に歩いているのに気づく。そういう馬鹿みたいなループを繰り返しながら夜の道の上をふらふらするのはとても楽しい。
読んだ本は覚えている。
西尾維新の新刊『少女不十分』が届いたので、すべてをうっちゃってしまって読む。
端的にいってこの小説は小説として崩壊していて、西尾維新大好き!っていう人にしか届かないんじゃないかな、と思うけど、わたしは西尾維新大好き!っていう人だったので存分に楽しめた。42章は感動する以外に方法がなかった。素直に感動した。そうだよね、だからわたしはあなたが書く物語が大好きだよ、と思った。きっと、だから、こんなにもたくさんの人に届くんだよ、と。


9月10日。 キュートな日。

朝からロイヤルホストにいって、岡田利規『わたしたちに許された特別な時間の終わり』と中原昌也『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』と現代詩文庫『金子光晴詩集』を読んだ。時間になったので、家に戻って仕事を始めた。
雑穀米のお昼を食べた。あとしょうが焼き。30才になるまでにいろいろ改造しよう計画なので、身体を動かしたり、健康に気を配ったりしている。万歩計も買った、体重計もかった、野菜ジュースも飲む、サプリメントも飲む。もう30年充実した体力で暮らすためにはあまりにも、無計画に過ごしすぎてきたので、それをなんとかしようと思うのである。
30才から大きく変わるための、下準備。
読んでいる本も変えて、今まで高校生大学生に読んできたものを掘り返して読んでいる。
いままで触れてきた本を振り返っておこう期間。
それにしても背伸びした本ばかり読んでいて、今のわたしの嫌いそうな小賢しそうなものばかりだ。
小賢しくなりたいからいいんだけど。30才は健康で社交的で小賢しく生きたい。
心の平穏を持ちたい。他人を理解したい。
最近またPerfumeを聞いているのだけれど、かわいいことは正義であることだ。かわいい歌はかわいくない歌よりも正しい。かっこいい曲よりもかわいい曲の方が正しい。かわいいおんなのこは正義だなぁ。むにゃむにゃ。と思う。
悩み事もなにもかもかわいいおんなのこでふっとんでしまうし、戦争もかわいいおんなのこで終わるんじゃないかなと思う。首相をかわいいおんなのこにすれば、みんながんばると思う。かわいいおんなのこはずるい。
AKBにしろももクロにしろperfumeにしろ、かわいいおんなのこが一生懸命がんばっているというコンボが人の心を打っているんだと思う。これにはどうやってもなにも勝てないよなぁ。むにゃむにゃ。と思う。
かわいいおんなのこが絶対的な価値をもつものだから、国民全員がかわいいおんなのこになればいいのに。
きれいなおんなのこよりもかわいいおんなのこがいいのは、『きれい』は自分でとどまれるものだけど、『かわいい』は圧倒的に他者の視線を内包しているからだ。『かわいさ』というのは他者と共有しなければ生まれない。孤独な『かわいさ』は存在しない。他者にアピールできていてはじめて『かわいい』はなりたつし、『かわいい』と思われるためには、他者との関わりを懸命に生きないといけない。しかもそれで一生懸命とか。
かわいくて一生懸命なおんなのこは世界を救う。