もはや、僕も、一ひらの月の影でしかないのだ。

9月11日。 半年と当日。

あの息苦しさを忘れている。
駅前のしゅうまい屋がつぶれていた。
今朝玄関を出ると、目の前におおきなカマキリがいた。しばし見つめ合った。が、傘で突き落としてやった。カマキリはカイジさながらの表情で落ちていった。邪魔する奴は…… 例え幽霊でも突き落とすっ……!
あの悲しみを忘れている。
しゅうまい屋がつぶれていたのだ。あのしゅうまい屋は人類の希望の星であったのに。普通あんなところにしゅうまい屋なんか絶対作らない。百人いたら百人が作らない。つまり人の発想を超えたところにあのしゅうまい屋は存在していたのだ。無限の可能性を感じさせるほどに。わたしの手の届かないところに。自分の思考の枠外で作られたものだったので、願うならばずっとあそこにいて欲しかった。あの衝撃を忘れている。一度だけしゅうまいをそこで買った。とてもおいしかった。大ぶりのしゅうまいで、味も何種類もあった。その中から4つ選んだ。しゅうまいを選ぶ、なんて体験は初めてだった。わたしは忘れている。しゅうまい屋は潰れ、わたしの希望は潰えた。
悲劇を忘れている。高橋源一郎『一億三千万人のための小説教室』を読んだ。小説を書くということと、小説を遊ぶということと、小説のもつキャパシティの広さ、そして、作者の小説への祈り。やさしい本だった。読んでよかったなと思おうと思ったので、読んでよかったな、と感じた。忘れていられる。

 けれど、みなさん、目をそむけないでください。そのどれもが、ついにその謎を解きあかすことができないであろう、人というもののこころが織りなす、かけがえのない営みの結晶なのです。
 ひとたび、この小さな、貧しい本から、目を上げれば、広大な世界に、ことばは無限に広がっています。
 さようなら。どうぞ、遠くまで、行ってらっしゃい。また、いつか、どこかでお会いしましょう。
   ―高橋源一郎『一億三千万人のための小説教室』

 
だいぶももクロが頭から離れなくなってきた。どうしよう。忘れているよ。理性ではかわいいおんなのこにはかなわないんだろうか。忘れられる。よく考えてみたけど、かわいいおんなのこだったら、別に一生懸命じゃなくてもいいかな、と思う。はしゃいでるだけでいいと思う。忘れてる。はしゃいでるかわいいおんなのこは世界を救う。だからAKBを受け入れることにする。忘れる。


あの息苦しさを忘れている。
あの悲しみを忘れている。
あの衝撃を忘れている。
わたしは忘れている。
悲劇を忘れている。
忘れていられる。
忘れているよ。
忘れられる。
忘れてる。
忘れる。