花はいりませんか わたしが産み落とした 花たちはいりませんか

9月26日。
『コクリコ坂から』をみる。冒頭10分がすごくよかった。あれだけで映画一本分の価値があった。カルチェラタンのとこがすごく好き。でもシーンの取捨選択があんまりうまくないなぁ、と思った。いやな感じの負荷がかかり続ける。
あと、レイトンをやりまくる。コイン集めたりするために画面中をタッチしなければならないことに毎度毎度嫌気がさしながらも、A型気質を発揮してぜんぶぺちぺちとタッチをするので、なんともかんとも進まない。ナゾもその場で解かなくても通過できるのがほとんどだから、コイン集めとナゾ解きを後回しにしたい欲求と戦いながらプレイをし続ける。新しい趣味開拓期なので、とにもかくにもゲームをたくさん買いたい。


9月27日。
ロイヤルホストに行って、仕事したり、村上春樹『パン屋再襲撃』を読んだりレイトンをやったりする。ほんとに村上春樹は悪い冗談だとしか思えないのだけれど、笑かそうとしてやってんのかなんなのかわからない、なんなん。好きだけど。中学生のときに事前情報なしで村上春樹を読んだので、ずっと半笑いで斜め読みしかしていないんだけど、わたしは『パン屋再襲撃』がやっぱり一番好き。
ネットをふらふらと徘徊していると、フランシュリッペで好きな人が好きそうなカバンがあったので、買う。好きな人が好きそう、と書くと、なんかブルーチーズみたいな意味に近い感じになってしまうけれど、ここではそういう意味ではない。彼女とか彼氏とかいう言葉はただ関係性を示すものであって、とても無機質な感じがするのでわたしはあまり好きじゃない。字面だと特に。わたしという主体との関わりにおいての言葉を使いたい。でもこういうこだわりを持って、そんなところでうろうろしてるわたしは、ほめられたものではないと思う。言葉の問題へのこだわりは、関係性の構築よりもあとにくるべきものだと思う。言葉なんかでぐだぐだいってないで、うまく人づきあいができればそれにこしたことはないし、それができれば言葉なんてのはなんでもいい。だからわたしはこれから彼氏彼女のことをうんこと呼ぼうと思う。それでも美しい関係を築き上げるチャレンジをしたいと思う。嘘です。
DS『スローンとマクヘールの謎の物語』がおもしろい。ようは『ウミガメのスープ』なんだけど、画面と音楽が雰囲気よくてすき。全80問なので、ちびちびとやる。

9月28日。
喫茶店で勉強したり、仕事をしたり、レイトンをやったり入間人間『バカが全裸でやってくる ver. 2.0』を読んだりした後で、『ラビットホラー3D』を見る。内容はともかく3Dを意識した画がすごくよかった。あと大森南朋かっこいい。冒頭でいきなりウサギちゃんが頭をくだかれて血しぶきが飛び散ったので、客席全体がひいててちょっとおもしろかった。最後も頭がくだけて血しぶきが飛び散ったので、客席全体がひいててちょっとおもしろかった。わたしは3DSで3D慣れしてるので、1時間半苦にならずにみれた。やっほう。ここ何作かみた映画があんまりお気に入らないので、むう、と思う。新しい趣味開拓期のために映画を見ているのだけれど、もともと映画がそんなに好きじゃない。でもほら、こう週末とかに映画に行ったりするおしゃれ感をまといたい。画面や演技の勉強をすればもっとおもしろくなるのかもしれない。わたしはあまりにも文字に特化した生活を送り過ぎてきたので、いわゆるビジュアル的なものであったりとか、身体的なものであったりとか、音楽であったりとかに対する感性を磨こうと思う。けれどもやっぱりこうして意識しなければいけない段階で不純な感じがするし、なんだかなぁと思ったりもする。なにごとにもことばや形がまず浮かぶわたしがとても気持ち悪いものに思える。好きという言葉の前に、好きという形のない気持ちが先行するほうが美しいと思う。何にもくるまれていない感情を表に出せるようになりたいんだ、わたしは。いろんな視線やいろんな思惑を気にしては、自分の感情を後ろに繰り越して、その場にあったものを取り繕おうとする、そんなはりぼての自分から抜け出したいんだ、わたしは。だから、もう言葉なんかなくしてしまいたいと思う。でもそれにしかすがるものがない。言葉は器なので、たぷたぷにぎゅうぎゅうに満たすこともできれば、すっからかんにすることもできる。わたしの中には、たくさんの器は並んでいるけれど、それに入れるのみものもごはんもないよ。のみものもごはんもないからそれをだれとも分け合えない。器なんてどんなものでもごはんは食べられる。器なんてなくてもごはんは食べられる。わたしはただのぴかぴかの器を一人むなしく眺めるよりも、楽しくみんなとごはんを食べたいよ。誰と話をしていてもからっぽになっている自分がいて、それがひどくもどかしいとわたしは思う。