許されるならばもう一度。

 

今年は主に単科で英語を見ているのだけれど、やっぱり大事なのは環境だと思う。

生徒同士がお互いに支え合いながら強くぶれない環境を作ってくことが結果に繋がるし、胸を張って受験に向かえるのじゃないかと思う。僕たち講師ができることは、その環境を作るための手助けであり、裏方であり、細々として意識を張り巡らしていくことだと思う。日常の声かけであったり、できる感の醸成であったり、逆にできないことを実感させることだったり。

こうして授業だけしている今も楽しいは楽しいけれどもっともっとたくさんのことをしてたくさんの時間を一緒に過ごせればなぁ、といつもいつも思う。

 

この子はあとちょっとの後押しで伸びるはずなのに。この子はもう少しだけ勉強の仕方を捉え直さないといけないのに。そう思うけれど、週に1回会うだけで、しかも大人数の中で会うだけでは、その子に直接言葉を届かせるのはやはり難しい。

ずっとおしゃべりをしていたり、明らかに気持ちが他に逸れてしまっていたり。なかなか自分を律していくのは難しいことだよなぁ、と思う。

 

そんな時に、さかた塾をやっていたころ、いつのまにか生徒が勝手に掃除してくれてたこととか、センターの翌日にしんとした自習室にほとんどみんな居て勉強してたこととか、みんなが帰りにエレベーターを次の人のために3階にあげてたりとか、夏休みの終わりに鬼ごっこ大会をしたこととか、パーティーやって廊下をジュースでびしゃびしゃにしたこととかをふと思い出す。

楽しかったなぁ。

 

あの後いろいろ環境が変わって、運営管理ではなくて講師だけの仕事に戻って。やっぱり週何回かの授業だけでは、人を環境を変えることは難しいや、と思いました。

でもそれでも、それにどうやって取り組んでいくかが次の課題。大人数でも、距離が離れていても、対面じゃなくても、もっとたくさんの人の心に届く、行動を変える言葉を紡げるようになりたい。

 

ただ、あの3年間はやっぱり特別だったんだなって、今更輝いて心に浮かんでくる。

みんなで自発的に誰も何も言わないのに、気をつかって掃除をしてくれていたこと。誰にも何にも言わずに女子トイレを掃除していてくれた子。自分たちの使う教室を自分たちで奇麗に使うことが自然にできていた。

 

エレベーターも自分が1階でおりた後に、3階のボタンを押して、次の人のためにあげておいてくれた。自然にみんなが気づけばやっていた。大仰なことじゃなくて、すごくすごく素朴なことなんだけれど、それが僕はとてもうれしかった。目立つ善行はやりやすい。誰がやったかわかる善行はやりやすい。誰がやったかなんかわかんなくて目立たない、ただただ他人のためだけに存在する、その善意が僕はとてもうれしかった。一緒にがんばってる仲間のことを気遣うことができる。自分が大変なときでも、人に心を配ることができる。それがエレベーターの3階の表示に現れていた。

 

センター試験の翌日の月曜日に、全国の受験生が浮き足だってるだろうその時に、真と静まり返った自習室にみんなが揃って居て、ただひたすらに勉強をしていた。決して結果がいい子ばかりじゃなかったのに。それでもただ淡々と。そんな奇跡の一瞬を見ることができた。神様のご褒美で。僕はあのセンター後の自習室ほどに美しい風景を見たことがない。息を呑むほどに感動した。人は、ここまで強くなることができるんだ。集団は、ここまで強靭に困難に立ち向かえるんだ。涙をこらえていた子もいただろう、不安な気持ちで張り裂けそうな子もいただろう。でもそれでも。

 

願うならもう一度見てみたい。もう一度、あんなにわがままを通せて良い子たちが集まってみんなでわいわいやりながら、大変だけどしんどいけど一緒にがんばろうねって、そっと手を差し出し合いながら、どろんこになって努力をしたいな。許されるならばもう一度。

 

でも次のステージに進むと決めたので。もっともっとたくさんの人の助けになるんだと決めたので。

 

あの子たちが見せてくれた可能性を。もっともっと大きくしたい。

だから、願うなら、もう少しだけわがままでいさせて欲しい。

良い人たちが集まってみんなでわいわいやりながら、大変だけどしんどいけど一緒にがんばろうねって、そっと手を差し出し合いながら、どろんこになりなって努力をする。そんな世界になるように。

 

人の努力を認めないで、自己承認ばっかり大きくなった尊大な大人になってしまわないように。

自分の努力は放棄して、他人の足ばっかりひっぱるような大人になってしまわないように。

断片的な情報だけで短絡的に判断して、さも自分が偉くなったかのような勘違いした大人になってしまわないように。

 

環境に周囲に気を配って、笑顔をもって強靭に。

そんなおとなになれるように。

 

許されるならばもう一度。もっと大きな挑戦をしてみたい。

その果てにある景色を見てみたい。

負け試合でも構わない。

だって実現してるのを見ているから。

それを大事に胸に抱えているから。

だからせめてあの子たちに恥じない自分であり続けたい。