『「 」』【ライティング・マラソン7】

「わたしの会話を誰かが書き取っているような気がするんです。」

「言葉を発したその先から、何かに書き付けられるかのように、わたしの発言が固定されたかのように思うんです。何気なくふっと喋ったことなのに、それはわたしの本意ではないのに、まるでわたしが心底それをそうだ考えているように誰かに捉えられてしまうみたいな気持ちになるんです。ねえこれって病気なんでしょうか。」

「そうなんですか。心因性の。」

「先生、それって当たり前のことじゃないですか。わたしはわたしの心でできていて、わたしの心が誰かがわたしの言葉を書き留めていると感じているんです、だからそれが心が原因なのはわかりきっているじゃないですか。心因性なんて言葉でごまかして、なんとなく納得したからといって、わたしの心がどうにかなるわけないじゃない。」

「そうはおっしゃいますけど、先生。ずっと発言が引用され続ける人の気持ちが先生にわかりますか。お分かりにならないでしょう。永遠と続く鉤括弧の牢屋の中に閉じ込められて、窮屈な思いをしているんです。ひとりごとを言っても、鉤括弧の中に封じられてしまうんです。」

「はい。はい。」

「そうなんです。鉤括弧なんです。あのおたまじゃくしが二匹並んだようなクォーテーションマークではなく、ふわふわした雲のような吹出しでもなく、Tの字の左側が欠けたものと、Lの字を反転させたみたいな、ホチキスが半分に割れたみたいなあれです。ずっとわたしの言葉が、それこそホチキスで綴じられているみたいに、ひとつひとつ固定されていくかのような気持ちになるんです。」

「他の人はそういうふうに感じていないようなんです。自由に楽しく会話をしているように見えるいえ聞こえるんです。いえやはり見えるのほうが正しいのでしょうか。あっちに行ったりこっち行ったり意見はまるで一貫していないのに、くらげが波に漂うみたいにして。なんの拘束も束縛もなくて。ええ。」

「そうゆうことではないんです。ただ言葉から自由になりたいんです。鉤括弧にくくりつけられるから、わたしは何も喋りたくなくなって、頭のなかにぐるぐるとただ思いだけが渦巻いていて、それをふっとでも口にだそうものなら、あの憎い鉤括弧がにやにやと待ち構えていて、犯人を確保する二人組の刑事みたいにわたしの言葉を捕えてしまうんです。ちがうのに、わたしがおもっていることはほんとうはそうではないのに。もっともっとうつくしくてきれいできらきらでぴかぴかで、手垢にまみれて薄汚れた煤けたそんなものはわたしの思いではないのに。ほんとうなんです、わたしのおもいはかがやいているのに。」

「誰しもが思うことだなんて、先生、違うんです。本当に鉤括弧なんです。だってほら今だってこんなふうに。」

 

 

 

「ね」

 

 

 

「先生。だからわたしもう喋ることも何もしたくない。ただ黙って。ただただ黙って。言いたいことを飲み込んで。本当に理解されることなんてないんだから。なんの形にすることもなく命のなくなるそのときまで黙って、括弧閉じの追跡を逃れるの。」

「                                                                                                                           

 

 

 

 

 

 

 

                                 

(1211字・28:25)」