柔らかな下敷きになって【ライティング・マラソン8】

 わたし、コーヒーはあんまりうまく淹れられないけど、お茶は点てられるんですよ、小さい頃に茶道習ってたので。習い事という習い事をそういえば一通りやらせてもらっていたな、ってふと思い出したんです。水泳でしょ、習字、ピアノ、バレエ、絵画。なんか意外と親から大事にされてたんですね、わたし。習字以外は、たぶん自分から習いたい、と言ったんだと思います。いまも自分の身に役立っているかというと疑問ですけど、あ、いま目の前にシルクハットをかぶった人がいますよね、蝶ネクタイもして、すごい、トレーを手の指全部で支えて持ってる、器用だな、なんだかああゆうの高いホテルのレストランなんかにいる給仕さんみたいで笑っちゃいますね、こんなちっちゃな喫茶店なのに、しかもお客さんなのに。おかしいですね。なんでしたっけ、あぁそうそう、習い事の話でした。習字も近所の民家の離れみたいなところでしたけど、毎週通ってたんですよ、硬筆から始めて、結局ぜんぜんうまくならなかったですけど。古き良き日本家屋っていうんですかね、土間があって、そこから先生の家の中を通って離れに行くんです。畳で、ぼろぼろの木の机があって、分厚いぐにゅっとした下敷きがないと、木目でがたがたになっちゃうんです。字を書くのはなんだか意味がないような気がして嫌いだったんです、でも硬筆用のマス目が大きくて点線で十字が書いてある学習ノートのページを一枚めくって、その下敷きを敷いて、上から書くと普通のプラスチックの下敷きとは違って、手ごたえがあるというか、わかりますか、ぐぐっと沈みこんでいくような感覚があるんです。それが、なんだかこう字を、わたしは、書いて、るんだ、って、ぐっ、ぐっ、って一文字一文字進めていくのが楽しかったな。手ごたえがあるっていうのかな、さらさらって書くのとは、また違う感覚で、まぁ、それでできあがる字はお粗末なものだったんですけど。横のおばさんたち、うるさいですね。わたし、クラスの中で結構物静かなほうだったんで、休憩時間になると周りの人たちうるさいなって思ってたんですけど、子供でも大人でも同じなんですね。休憩時間はずっと自由帳に絵を描いたりしてたな、変なキャラクター考えたりして、絵も習ってたんですよ、絵画も結局うまくならなかったな、字と絵って同じなんですかね、頭の中ではきちんとうまく描けているのに、紙に落としちゃうとなんだか全然違うんです。そこのね、絵の先生はヒッピー風の長髪を後ろでくくって、バンダナなんかしちゃってる先生で、なんにも教えてくれないの、ただ教室、公民館の一室なんですけど、そこに行って自由に絵を書いて終わり。わたしは、これってお手本がないとまず描けないし、こうやって書くんだよって、教えてもらわないとできないのにな、ってずっと思いながらへたくそな絵をずっと描いてたんです。デッサン、てゆうか下書きですよね、ああゆうのもできなかったし、色を塗ろうなんてしたら、なんだか全然色が違うんです。ただ筆を洗うバケツ、あのパーツに分かれてるやつ、あの中の水が濁っていくばかりで、全然イメージ通りにならなくて。そうちょうどこのカフェオレみたいな感じ。もうちょっと水で薄めたみたいな感じかな。でもお手本があったって、習字だってうまくいかなかったんですよね、そういえば。バレエも水泳だって思ったようにはいかなくて。すっごく綺麗にまっすぐ立っているつもりなのに、大きな鏡でみたらひどく不格好な姿しか映ってなくて、がっかりして、結局バーレッスンすらうまくこなせなかったり、がんばってがんばってクロールしているつもりなのに、息が苦しくなってふと止まって顔を水から出したらコースの半分も来てなくて。そんなのばっかり。何一つ思ったようにいかないんです、わたし。だからなんでもすごいなぁって思ってしまうんです。当然ね、どんな道のプロの人だって、その人の頭の中の理想からはほど遠いと思っているのかもしれませんけど。受験も就職も恋愛も、全然理想通りにはいかなくって。毎回ね、こんどはうまくいきそうだ、今度こそは、ってわくわくするんですよ、紙ナプキンないかな、あ、となりの席にある、えっと、この「お」の字の右上の点、ここの手前まではうまくいくんです、でも最後の点のとこ、ここでバランスがおかしくなっちゃうんですよね、ほら。なんかちょうどそんな感じ。画竜点睛を欠くっていうんですっけ、こうゆうの、違いますか違いますね。なんだったっけな、あ、そうか、「お」の点を忘れる、みたいな意味でしたね、最後の点を忘れちゃうみたいな。忘れてていいのにな、そっちの方がいいのにな。わたし、ダメだからいつもいつもうまくいかないんです。なにをやっても手ごたえがなくて、わたしは何をやっているんだろうって、そのうえうまくいかないし、ほら今回だってわたしこんなにしゃべっちゃって、あなたは呼び出してくれたのにやっぱりもう一言だってしゃべってくれなくって。もうダメだってわかってるんです。でもあともう少しだけ、お話させてください。今になって、話したくて仕方ないことが、たくさんたくさん浮かんでくるんです。

 

 

 

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