サグラダ・ファミリア【ライティング・マラソン10】

 スペインを旅していたときのことだ。10月のサグラダ・ファミリア教会は雨に濡れそぼっていた。サグラダ・ファミリア教会。1882年に建築家フランシスコ・デ・ビヤールが貧しい信者たちのために着工するも、資金難のため一時中断を余儀なくされ、1891年から、アントニオ・ガウディがあとを引き継いだ。ガウディは他の仕事からはほぼ手を引き、サグラダ・ファミリア完成に尽力したが、1926年ミサに行く途中で交通事故に遭い命を落とし、その遺体は今もサグラダ・ファミリアに埋葬されている。完成までにはまだこれから50年〜100年ほどかかると言われている。そんなろくでもない豆知識を喋りながら、エレベーターで展望台に上がった。

「なんだか素敵な話ね」

 彼女は何も入っていなんじゃないかというくらいの小さなリュックサックを背負い直しながら言った。

「自分が建築した芸術の中で永遠に眠るなんて」

「そうかな」

僕たちは雨の降りしきるバルセロナを眺めた。18世紀初頭のスペイン継承戦争での3度に渡るバルセロナ包囲戦のことなどすっかり忘れたような顔で、バルセロナは僕らの視線を受け入れた。感慨深そうなそうでもないような顔をしながら彼女は街を見下ろしていた。そんな彼女の表情が僕を饒舌にさせる。

「だってさ、考えてもごらんよ。あれだけ口うるさかったガウディのことさ、工事の様子なんか見てたら、やきもきしているに違いないよ。きっと安らかになんて眠っていられない。」

 「それもそうかも」、と彼女は肩をすくめ、「4つの塔それぞれに飛んで行っては、あのひげもじゃの顔で怒鳴り散らしてるよね、きっと」なんて言って、にやり、と笑った。どうやら気を惹けたようで嬉しくなって、「でもそれはそれで素敵なんじゃないかな」

 「どういうところが?」フランス語の訛りを残した覚えたてのたどたどしいスペイン語で彼女は尋ねる。まだにやにや顔だ。

 「死後もなお、自分の意図した建築が芸術が残っていくなんてさ。しかもそれが未完成のもので、後世のひとたちがもう90年近く工事を続けてくれるなんてさ」

 「なるほど」

 「よっぽど高い芸術性に惚れ込んだんだろうね、後年の人たちも。確かにこれを見たら、そうなっちゃうかも」

 「でもそれも経済的な問題で遅れているわけで、わたしたちが払った入場料とかで賄われてるんだよ。そう考えるとなんだかな」と、彼女はやはり笑いながら言う。「でもね、きっとあなたはこうゆうの好きだと思った」

 「うん、なんだか自分の死後もずっと、それを引き継いでくれる人がいて、それを何万人何十万人じゃ効かない人が見に来てくれて、おそらく完成を楽しみにしてくれているなんてさ」

 「あなたの作品もそんな風になるといいね。私は引き継いだりもできないし、何十万人もいないけれど、でもわたしは完成を待っているんだからね」

 「うん、わかってる」

 「きっと残る。わたしが残す。だからね Je veux le vrai amour. 何年かかっても何年かかっても、その完成を待ってるの。でもこっちは死ぬまでは待てないけどね。ガウディみたいに建築と結婚しちゃって独身なんていう風にはならないでね

 「うん、わかってる。ガウディも言っているよ。物事をうまくやるために必要なもの。Primero, el amor, segundo, la técnica. Tengo el amor. 技術の方はわからないけどさ。」

 

結局僕には技術が無くて、一度の大きな喧嘩で、もう彼女に会うことは無くなってしまった。僕も果てなく完成しない愛情を求めて、その道の途中で息絶えてしまうのかもしれない。神への祈りの途中で。君への祈りの途中で。

 

(1492字・43:19)