個を捨てよ、旅に出よう。

幼いころ、ベッドのそばの机の木目を寝る前にずっと眺めていた。
するとなんだかどんどんその木目が目前に迫ってくるように大きくなり、飲み込まれてしまうかのような気持ちになった。何もすることがない、音もない、ただベッドサイドのランプだけが木目を照らしていて、いつもいつも飲み込まれそうになっては怖くなって、我に返り、そうしたまたその感覚に誘われる。そんな不思議な日々を過ごしていた。

 

ただ虚心坦懐にそのものに接し、そのものと一体になる。
それが自他の区別のない、彼我の区別のない、
ただ無心に、ただただ無心に
その境界をなくしてしまうように動くには、
温度を揃えねばならぬ

対象とする物体と温度を揃え、認識を揃え、

そうしてどこまでが自分で、どこまでがもので

自分という存在が溶け出て、
対象と一体となるように

 

「分かる」ではなくて、『和かる』
「解ける」ではなくて、『溶ける』

ように
主体と客体を分解するのではなく、和合し融け合うように

悲しみがわかるのは、相手が悲しい理由が分かるのではない
相手の悲しみと一体になるのだ

ずっとずっと頭を悩ませ続けていた、『個』という概念。
これを捨てなければならない
我執を捨て、エゴを捨て、人間を再び獲得しなくてはならない。

目を凝らして、耳を澄ませて
我を忘れて、我の無い旅をして、我に返る

いつかそうした学問をそうした文章をそうした生き方をできたらいい
我を忘れてただ生きることができるように
価値も社会性も公共性も何もかもを気に留めず、ただ自分の夢中になることに夢中になって
ずっと夢の中で、旅を続けて