こうして世界がくぼんだ後にも 誰かに見つけてもらうことを願っている

京都でたくさん詩集やエッセイを買い込んできたので、その中から文月悠光『わたしたちの猫』『洗礼ダイアリー』を読む。

 

洗礼ダイアリー

洗礼ダイアリー

 

 なんだか心がからっぽでつらいというかふわふわして自分がどこにいるのかわからないように感じる。自分は何をしてどこにいてどこに行くんだろう。

 

 

帰りの電車で京極夏彦『書楼弔堂 炎昼』を読む。べらぼうに面白い。

 

書楼弔堂 炎昼

書楼弔堂 炎昼

 

 ただ何もおきず心の懊悩を語るだけなのにこんなにも面白いなんて。

 

立ち上がる言葉の中に、書物の世界の中に私はずっと住んでいたい。

年をとるにつれて、だんだん書物の世界の中に入れる時間が少なくなってきた。

ずっと現実に足をとらわれたままになってしまった。

フィクションの世界の中を漂うように暮らしていたい。

 

火曜日の「逃げ恥」を見ることだけを心待ちにして生きている。

お気に入りの著者の新刊発売日を指折り数えて生きている。

それが私が息ができる場所だから。

心躍るようなフィクションの中でしか、私は自由に呼吸をすることができない。

 

現実は、苦しい。